◆ 本願寺へ   参拝して       住職 杉山徳成
 六月七日、富山県氷見市の聞乗寺では本堂修復を記念して、本願寺大谷光淳新門様をお迎えして、親鸞聖人七百五十回大遠忌法要を修行いたしました。
  その来寺御礼言上に氷見聞乗寺門徒総代さんと一緒に十二月九日京都へ行き、翌十日朝五時起床、六時開門の本山へ参り、阿弥陀堂で晨朝(朝のおつとめ)、御影堂で第十七代法如上人御祥月法要(初夜礼讃偈)の尊い御縁に遇いました。
  十二月の京都は寒く本堂の中は底冷えでしたが、念仏奉仕団の方々、教師習得の僧侶の方々、一般参拝者五百名余りと一緒に御縁を頂戴いたしました。
  御影堂は世界最大の木造建築、ユネスコ世界遺産に指定され十年の歳月をかけ教団と国との折半により六十億円の予算で見事に修復されました。平成二十三年には親鸞聖人七百五十回大遠忌法要が全国の門信徒の団体参拝によって修行されます。皆様と御一緒に参拝させていただきたいものです。
  午前十一時、伝道部への挨拶、そして橘正信宗務総長にお会いし法要来寺の御礼言上いたしました。氷見聞乗寺での記念法要の時は、新門様随行長本願寺総務の役職でしたが、八月に行われた総長指名選挙の結果、新総長となられました。御門主様から総長指名をいただかれたばかりで、その責任のありようを吐露されていらっしゃいました。
  総長を交え記念撮影、その後参拝部職員の御案内で飛雲閣を始め国宝、重要文化財、能舞台など拝観させていただき一同感激いたしました。
 
◆  新「食事の言葉」制定                     
 食前、食後のことばとして長年親しまれてきました「食事のことば」が一部見直され、新しい「食事のことば」が約五十年ぶりに制定されました。
現代社会の食を取り巻く環境や意識の変化を勘案し、また現代人の感覚から誤解を招きそうなものを改正するよう、二〇〇五年より本山にて検討していました。
 見直されたのは二か所。「食前のことば」では「み仏と、みなさまのおかげにより」を「多くのいのちと、みなさまのおかげにより」となりました。「み仏(阿弥陀如来)によって食材が提供されている」と理解され、「み仏がキリスト教の造物主(創造主)と同じように誤解される」という懸念から見直されたもので、日々の食事が多くの動植物のいのちの犠牲の上に成り立っていることや、直接、間接的に多くの人たちのご苦労のおかげによることが示されました。
 また「食後のことば」では「尊いおめぐみにより、おいしくいただきました」を「尊いおめぐみをおいしくいただき、ますます御恩報謝につとめます」となりました。「御恩報謝につとめます」と加えられたのは、深い感謝の念を表し、仏さまから救いの目当てとして願われていることへの、返しても返しきれないほどの大きな仏恩に対して、報謝の生活を送る決意を表明するものであります。
 食事はただ漫然と食物を取り栄養を補給するというものではなく、「ことば」はそこに至るまでの大きなおかげとめぐみがあることに気付いてもらうもので、ものの本当の価値を見出す人間性が養われていくことにつながっていくと考えています。
 是非各ご家庭にて新しい「食事のことば」を唱和してから食事をいただいて欲しいものです。

【食前のことば】
多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうをめぐまれました。
○深くご恩を喜び、ありがたくいただきます。
【食後のことば】
尊いおめぐみをおいしくいただき、ますます御恩報謝につとめます。
 
◆  聞乗寺ゴルフコンペ               さいたま市 酒井 喜久雄
 長らく休んでいました聞乗寺第十一回ゴルフコンペが十一月十八日快晴の名門霞ヶ関カンツリー倶楽部にて十数年ぶりに開催されました。二十名の参加者があり、ハンディキャップは新ぺリア方式で決定。その結果、黒澤久さんが、グロス100・ハンディ26・ネット74で優勝されました。
  日本でも一、二位を競う名門ゴルフ場は、さすがに難しく、特に高さ三メートル以上のアリソンバンカーは有名で、参加者の中には七回もたたいてやっと脱出した方もいました。
  聞乗寺門信徒の方でも、日頃はなかなか交流がなくお目にかかれない方が、一同に会しての大会は本当に楽しく、有意義なものでありました。
  今回、女性は増田三紀子さん一人でしたが、次回はもっと多くの女性参加者をお待ちしております。
 久しぶりのゴルフコンペ。幹事の酒井さんありがとうございました。楽しい一時を過ごすことができました。これからも年に一回ゴルフコンペを企画しようと思います。私事ですが三年ぶりのゴルフということで、とても緊張しました。練習に励み聞乗寺カップを目指しましょう。次回の参加者お待ちしています。                                                    (副住職)
 
◆  お寺の本堂で葬儀を                           副住職 杉山智之

昨年もたくさんの方との出遇いがあり別れもありました。「一期一会」「会者定離」「老少不定」という言葉の通り、出遇いがあれば必ず別れがあります。
  お釈迦様は、「生老病死」という四つの苦しみに出会い、お覚りをひらくにいたりました。
  浄土真宗の開祖親鸞聖人も「生死の苦海ほとりなし・・」といのちの問題とむきあったたくさんの和讃を残されています。
  私たちにとって大切な方、愛する家族との別れが突然きたらどうなるのでしょうか。大抵はパニックとなるでしょう。自分の希望通りではないお通夜、葬儀が流れのままに過ぎ去っていったという話をよく聞きます。
  後悔しないよう事前から準備をしておくことが大切なのですが、なかなか生前から準備ができないのもまた現実であります。
  お葬式の形式もだいぶ変わってきたように感じます。以前は葬祭式場で、盛大に行う方が多くおられましたが、近年は、ごく親しい家族、親戚、友人と温かみのある式を求められる傾向があるようです。
  昨年は、そのような理由からか、お寺の本堂でお葬式をされる方が多かったです。それは、お浄土を模した本堂内陣のきらびやかな荘厳を目の当たりにし、生前よくお参りをし、手を合わせていた本堂でお葬式をしたいという願いがあるからかもしれません。
  お寺の本堂は、大きい宮殿(くうでん)が備え付けられていますので、新たに祭壇を組む必要がありません。殺風景な祭壇ではなく、綺麗な花で飾り付けをし、温かみのあるお葬式ができるのが、お寺の本堂の長所だと思います。
  昨年、本堂で葬儀を行った方はすべて、残された家族に「私が亡くなったらお寺の本堂でお葬式をしたい」と伝えていたそうです。
事前の準備はなかなか難しいかもしれませんが、自分の希望を伝えておくことが、家族へのメッセージになっていきます。
  浄土真宗のご本尊阿弥陀如来は生きとし生くるものすべてに温かい慈悲を届けて下さいます。そんな願いの中で私も生きていることに感謝し、家族に伝えて
いきたいものです。

 
◆  法然と親鸞を見て                              伊奈町 大谷明男
 十一月二十日、青山劇場において、住職、坊守をはじめ門信徒の皆様十五名の方々と「法然と親鸞」の観劇の縁をいただき感謝の気持ちでいっぱいです。
  本を読んで少しは法然上人と親鸞聖人について知識はありましたが、読むと見るとでは大違いで随所で自分が念仏との縁をいただいた時の事が瞬時に甦り目頭が熱くなる場面が多々あり、大変感動しました。
  思えば、平成十四年早春、頭の中が真白になる出来事にぶつかり途方に暮れていた時にご縁をいただいたお寺が浄土真宗の聞乗寺さんであり、宗祖が親鸞聖人、御本尊が阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)であることを知るとともに、悩みに悩み、深く悲しみ懺悔の気持ちを抱いているそんな時、阿弥陀様に藁をも掴む思いで救いを求めたのでした。
  それまでの私は、ある程度の社会的規範は持ち合わせていたと思っておりましたが、特に宗教的な関心もなく、日々感謝することもなく、人生は健康でいつまでも続くものだと思っておりました。
  しかし、人は生まれた時から誰もが死という病を持って生きているということを痛感させられました。
  そんな私を失意のどん底から救って下さったのが、念仏の道をお開きになった法然上人であり親鸞聖人でした。十二世紀後半、平安末期から鎌倉時代のはじめ、右往左往する民家に向かって法然上人は、「念仏で人は救われる、阿弥陀如来がすべての人を救って下さる」と言って大きな支持を得ました。
  そして弟子の親鸞聖人は、なぜ念仏を信じれば救われるか、その秘密を説明してほしいと乞う人々に、「それはわからない、私は師の法然上人の教えを信じて生きていきます。それでもし地獄に落ちたとしても後悔はしません」と答えられました。
  私は、この両祖人の演劇を見て、心新たに一日が終わったら「今日一日を生きられたことは良かった有難い」、そして、翌朝起きられたら「ああ目が覚めた、有難い」と感謝の念により日々を送りたい
と思いました。
 
◆  故佐々木秀男氏に捧ぐ                        さいたま市 細井恭一
 佐々木さん、こんな文を書くことになるなんて、ちょっと早すぎたんじゃないですか。あなたが逝去された前の日、駅前の病院での邂逅に、お互い喜んでいた時は、「少々胸が痛いんだが大したことはない」と、まだ元気一杯で死の気配など全く感じられませんでしたね。なのに翌朝、住職から逝去された旨を聞かされた時には、あまりの急変に、何か事故でもあったのかと信じられませんでした。
  早速壮年会幹事の酒井さんとご自宅を訪ね、あなたの仏顔に接したとき、込み上げるものがあり、まさに「朝には紅顔あって夕には白骨となれる身なり」と白骨のご文章を思い浮かべました。そして人の命のはかなさを痛いほど感じさせられました。
  思えば、あなたは聞乗寺裏方のリーダーであり、又生き字引でもありました。口数の少ないあなたは作業が始まると率先垂範、先頭に立って「実行の人」でありました。道具や材料の置き場所から、やり方まで熟知していて、みんなを引っぱっていってくれました。今もあなたが汗をびっしょりかいたシャツを絞っていた顔が浮かんできます。
 そんなあなたは壮年会員からの信頼は厚く「頼れる人」と好かれていました。あなたがいなくなった大きな穴は大変ですが、力を合わせて頑張っていきます。
  個人的なおつきあいでは、よくお酒を飲み、カラオケに行って歌いましたね。あなたは男っぽい演歌がお得意でした。ご家庭では奥様を大事に可愛がられ、お二人で旧東海道や中山道を踏破されましたね。又お寺の海外旅行には、いつも仲睦まじく参加されていましたね。
  あなたは樺太(現サハリン)からの引揚者で、若年時には大変なご苦労があったことも時々伺いました。しかし晩年は立派な家を新築され、又お子様はそれぞれ立派に成長、独立されて悠々の人生であったように思います。
  最後に、もう一度壮年会に戻ってこられることを願っていましたが、それも叶わぬ夢と消えました。そのうち私もお浄土へ往く身です。又お会いしましょう。
 
◆  奉仕の日 「みんなでお寺を綺麗にしよう」                   
 「お寺はなんか暗いイメージだったけど、このお寺は明るくて入りやすかった」と、あるご門徒より嬉しい言葉をいただきました。
  お葬式や法事など、人の「死」を連想するのがお寺への一般的なイメージかもしれません。しかし結婚式もするし、赤ちゃんの初参りや子ども会など、嬉しさや楽しみがたくさんあるのもまたお寺であります。
  お寺が明るいのは、掃除をこまめにしているのもありますが、ご門徒の奉仕の気持ちにより綺麗に保たれているのもはずせません。
  一年を振り返りますと、初夏には境内地(駐車場)の除草を蚊にさされながらご奉仕いただいています。
  晩秋には本堂・会館の障子をすべて新しく張りなおしています。
これも、ご門徒による手作業で、毎年のことなので手慣れたものです。「私の家は何年張り替えてないかしら」と冗談も飛び交います。
  年末には大掃除。一年間の積もった埃を洗い流します。これもご門徒の手作業です。
  今年も一年間の行事の中には、奉仕の日があります。「自分達のお寺を自分達の手で綺麗にしよう」という方、お待ちしています。
 
◆  平成21年 ア・ラ・カ・ル・ト                  

花まつり   お花見
お釈迦様おめでとう 境内の桜の下でみんなでお弁当
親鸞聖人750回大遠忌埼玉大会  氷見聞乗寺での法要
ソニックシティにて 新門様御導師で本堂にて勤行
お寺の林間学校 那須高原にて 納涼報恩踊り
楽しかったなぁ 大迫力の太鼓の演奏でした
秋季初参式 成道会布教大会
お誕生日おめでとうございます 築地本願寺に参拝しました
 
◆ 寺院よりのご案内
【元旦会(がんたんえ)】
  一月一日午後一時より聞乗寺本堂でお勤めします。新しい年を迎え、今年もお念仏中心の生活をさせていただけることへの感謝の法要です。ご家族お揃いでお参り下さい。
  法要後、客殿にて新年交礼会もあります。甘酒やおせち料理を用意して皆様のご参拝をお待ちしています。

【報恩講法要】

  日時 二月十一日(木・祝)
  ・十 時 勤行・法話
  ・十一時 ハーモニカ演奏
       御伝鈔拝読
  ・十二時 おとき(お食事)
  ・一 時 法話
  ・二時半 法要(正信念仏偈)

 ご講師は、富山県氷見市明泉寺の伯水永雄師です。
 法要は、埼玉組内法中と共に正信偈のお勤めをいたします。
 演奏会は馬場和雄さんのハーモニカの演奏です。その後親鸞聖人の生涯を顕した御伝鈔を拝読いたします。

●報恩講法要とは
 毎年恒例の行事ですが、宗祖親鸞聖人の命日を機縁としてご遺徳を偲び、恩徳をたたえ、報恩の誓いを新たにする、浄土真宗の門信徒にとって最も大切な法要であります。
  報恩講をご縁として、聖人のお示し下された真実の教えを生活の中にいかし、苦難の人生を生き抜く大きな糧とされますことを念願いたします。
  当日は、婦人会員手作りのお斎(お食事)を用意しています。
又、三階フロアでのお茶席や華道展示、趣味の展示もありますので、一日中お楽しみ下さい。
  お車でお越しの方は、むさしのグランドホテルさんの駐車場をご利用下さい。

【築地本願寺成人式】
 一生に一度の成人式を築地本願寺で。今までの感謝、これからの決意を仏さまの前で誓いませんか。きっと忘れられない大切な思い出となるでしょう。
  日時 一月十七日
     午後一時より
詳細は聞乗寺までお尋ね下さい。

【春季彼岸法要】
 三月二十一日(日祝)午前十時に本堂にて彼岸法要をお勤めします。家のお仏壇から過去帖やお位牌をお持ち下さい。本堂内陣に安置し共にお勤めさせていただきます。彼岸法要後住職による法話もございます。ご家族お揃いでたくさんのお参りお待ちしています。

●彼岸とは
 お彼岸は年二回、春分の日と秋分の日をはさんだ前後七日間です。中日は、昼と夜の長さが同じになる日であり、仏教で説く中道の教えにかなうとされてきました。
  また、太陽が真西に沈むため、西方極楽浄土を望むに最もふさわしい日とされてきました。西方極楽浄土は阿弥陀如来の仏國土です。仏國土とは浄土のことですから、彼岸とは浄土ということになるわけであります。
  今、私たちの住む世界は、煩悩で汚れた迷いの世界であり、此岸といいます。
 
◆ 編集後記
 二〇〇九年を振り返ってみても、スポーツ以外ではあまりいい話題がなかったように感じる。
  新型インフルエンザの大流行で、マスクは品薄になり、どこへ行ってもアルコール消毒液が置かれ、小中学校では学級閉鎖が相次ぎ、修学旅行の延期が問題になった。
  政治では、国民の圧倒的な指示により政権交代となったが、理想と現実のはざまに揺れる政策に、疑心暗鬼といったところか。
  薬物汚染も深刻。身近なところまで広がっている現実に恐怖を感じ、唖然とした。
  不況による失業者の増加、卒業生の新規採用の見送り、デフレという社会不安は、これから日本はどうなってしまうのだろうという切実な問題である。
  仏教では、私たちが生きているこの世の中を娑婆という。今の言葉に直すと「忍土」。苦しみ、耐えていかないと生き抜けないという意味で、正に当てはまっている。
  こんな時代だからこそ、仏教の教えをかみしめ味わっていきたく思う。   
(副住職)